2018年08月14日

8/8 世界バレエフェスティバル Bプロ(2)

前回の記事の続きです。2幕から!

― 第2部 ―
「シンデレラ」
振付:ルドルフ・ヌレエフ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
ドロテ・ジルベール/マチュー・ガニオ


この演目の時、前の座席の人がすごく前のめりになって見ていてあまり舞台で踊る二人が見えず、集中できませんでした…。残念。前の座席の人はこの演目になるまでは別に前のめりになったりするわけでなく、普通に座っていただけになんでだよむかっ(怒り)とすごく苛々してしまったんですが、前の前の席の女性がね、パートナーの男性と一緒に来ていてね、その男性の肩に頭を完全に凭せ掛けてだらーんとリラックスして舞台を鑑賞されていてねむかっ(怒り)むかっ(怒り)、そのせいで前の人は前のめりにならないと何も見えんという…。
はあ? ふざけんなマジで家で寝てろこのクソピーーーーーーー!! 男も男でてめーなんで注意しないんだピーーーーーーーと放送禁止なかなり口汚い言葉が胸中を渦巻き、マジで集中できませんでした。
折角ジルベールさんとガニオさんが! 私の目の前で踊っておられるというのに!!
しかし怒りんぼの私はなかなか気分を切り替えられず、苛々したまま珠玉のシンデレラは私の上を通り過ぎていったのでした。いいもん! いつか全幕観に行くもん!
全然踊りの感想が書けない。うぅ…。このブログでわざわざこんな不快な経験を書くのはわずかながらでも啓蒙になれば…という思いからと、鬱憤を晴らしたいから。なんですが。後者の方に寄りすぎ!? という説も。
自分自身も常に絶対人に迷惑をかけずに生きているわけではないですが(当たり前だが)、意識や行動で何とかなることくらいは何とかして(変な日本語)生きていきたいものです。

なお肩凭れクソボケ女は本演目の最後の辺りで頭を真っ直ぐになさりまして、それに従い前の席の人も前のめり体勢をやめたのでした。あーあ。

「HETのための2つの小品」
振付:ハンス・ファン・マーネン
音楽:エリッキ=スヴェン・トール、アルヴォ・ペルト
タマラ・ロホ/イサック・エルナンデス


クソボケ女がクソボケ行為をやめたので(やめなかったら係の人に注意してもらおうと思って目の端で人を探してたよね)、今度こそ集中して見ようと臨みました。コンテはまあ、どっちかというとクラシック様式の作品の方が好きだけど、この作品はすぐ引き込まれて、終わらないでほしいーって思いました。
開始間もなく、男性が複雑な激しい動きで観客を引き込み、続く女性の美しい妖艶な動きで更に観客を引き込み、それもただ美しいだけでなく、何かエネルギーが放たれるような踊りでした。エネルギーといっても熱っぽい感じはあまりしなくて、それは黒い衣装のせいかも? 陰というよりは夜のエネルギーだな。じめじめとはしていない、でも舞台上のダンサー二人の駆け引きからも感じ取れる丁々発止? 一触即発? ぴんと張り詰めた緊張のような感じで、でもピリピリするような怖いような緊張とは違って何かリラックスして見れました。
女性側がタマラ・ロホだからという先入観があるかもしれませんが、男性側が女性側に翻弄されている(?)、転がされている(?)、ような、男性側のアプローチを女性側がいなして受け流したり、かといって完全に突き放すでもなく引き戻したりもするような感じで、オネショタかな色々と想像が掻き立てられる舞台でした。
この演目は衣装がなかなかセンセーショナルなのですが(尾籠な言い方をすればスケスケハイレグTバック)、ロホさんはさすがの貫禄で力強く美しく、エルナンデスさんは衣装のともすればエッとなるようなきつさを感じさせない均整の取れた美しい肉体でした。
は〜、それにしてもオランダ国立バレエ団はこんな素晴らしい振付家を抱えてるのかー、オランダ行かなきゃー、という渡蘭への思いを新たにする演目でございました。このブログは元々海外旅行ブログなので、勿論いつかはオランダにも行ってみたい。絶対バレエシーズンに行くぞー!

「白鳥の湖」より 第3幕のパ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
アシュレイ・ボーダー/レオニード・サラファーノフ


第3幕、ジークフリート王子が結婚相手を選ぶためのパーティで踊られる黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥです。バレエの中でも屈指の知名度を誇るパ・ド・ドゥだと思いますが、私もこのパ・ド・ドゥ大好きで、やっぱりラストのオディールのグラン・フェッテは本当に本当に大好き。
で、アシュレイ・ボーダーのグラン・フェッテなんですが、私すごく好きになってしまって、今回の公演の中でも一番好きな演目かもしれない。
ボーダーさんのグラン・フェッテは軸が全くぶれず、音楽との協調が素晴らしく、前半は数回に1度両手を上に上げるダブルを入れて回って、観客に対してのサービス精神、楽しませようという強い気概を感じました。さすがアメリカン(?)。
ボーダーさんは大柄なダンサーであることもあって、繊細なオデットに化ける妖艶なオディールというよりは肉食獣のようなダイナミックなオディールでしたが、それがよく合っていた感じがします。例えば同じグラン・フェッテが見せ場にあるキトリなんかだと、私はもっとハイピッチで回る方が好みかな〜とか思ったりもして。
で、私がすごく気に入ったのは自分自身では納得なんですが、多分好みじゃない人もいるだろうな〜とも思うオディールでした。クラシック・バレエ的美の極致とはちょっと方向性が違う感じだったので。でもジークフリート王子は正統派のクラシック・バレエの王子様でしたね。動きの一つ一つが正統派で美しく、特に下半身が素敵だと思った。そういう意味ではちょっとちぐはぐかもしれない。というか、王子を誘惑するというよりは取って食おうとしてない? 王子はオデットとオディールの区別がつかないのはしょーがないにしても、目の前のこの彼女(オディール)と付き合ったら大変だって気付かんかい! という突っ込みはせざるを得ない。
でも大好き。

「椿姫」より 第2幕のパ・ド・ドゥ
振付:ジョン・ノイマイヤー
音楽:フレデリック・ショパン
アリシア・アマトリアン/フリーデマン・フォーゲル


大好きなノイマイヤーの大好きな「椿姫」から白のパ・ド・ドゥ。
アマトリアンさん演じるマルグリットは早くも病の影を感じさせるような儚い姿。一方フォーゲルさん演じるアルマンもどこか影があり(そんでもって超絶ハンサム。実際の顔がどーのということでなく、舞台上のアルマンとしてとても美しい、ハンサムなアルマン)、ふたりの愛の絶頂でありながらどこか破滅を予感させるようなパ・ド・ドゥに感じられました。
椿姫は学生の頃に確か岩波文庫版の、小デュマによる原作を読んだことがあるのですが、まーその時はマルグリットにもアルマンにも苛々苛々……。怒りんぼの私はアルマンのような経済力も常識も(ついでに知性も)ないくせにモラハラだけは一丁前な馬鹿学生に苛々し、そんなアルマンへの愛によって命を縮めていくマルグリットにも苛々し、まあアルマンみたいなクソ男は現代にもよくいるもんですが、マルグリットが金のためならともかく愛のために命を縮めるなんて本当に理解できませんでした。そんな男捨てろよ!! 今ならまだプライド捨てれば娼婦としてやり直せるから!! と内心思ったものです。まあその頃にはマルグリットの体は肺病に冒されつつあるわけですが…。
えーっと話がずれましたが、白のパ・ド・ドゥは二人が他の誰にも邪魔されず、風光明媚な別荘で思うがまま愛を深め合う踊りです。高級娼婦のマルグリットがアルマンの一途で誠実な愛に応えて(こいつが一途で誠実なのもここまで)パトロンと手を切ることを決め、二人で愛を誓い合うわけで、衒いのない愛の発露が物語られるシーンだと思っていたため、どことなくこの先の破局を感じさせるような、二人それぞれに差す陰にとてもドキドキしました。
好みによると思うけど、愛の絶頂にただそれだけを示すもよし、先の不穏の兆しを込めるもよしだなと思います。
次々と繰り出される複雑なリフトや流れるような振付は官能的でドラマチックで、ちょっとピシッとしないところもあったけど(マルグリットのドレスのスカートの始末とか)、総じてとてもよかったと思います! 陶酔して見入ってしまいました。


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posted by 綾瀬 at 21:12| Comment(0) | 雑記・バレエ
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