2018年12月14日

ベルギー旅6日目(2) メムリンク美術館へやって来ました(1)

ブルージュの街、というのは古代ローマ時代から連綿と歴史の続く古都、というわけではないそうです。確かに、その時代のローマの植民地としてはこの街の名前は聞かない。この街が世界史の中で顔を出し始めるのは9世紀頃のヴァイキング(ノルマン人)の襲来以降とのこと。それ以前も人は住んでいたのでしょうが、多分小さな集落が点在しているくらいだったのだと思われます。
そして9世紀後半、以前の記事でも触れた鉄腕伯ボードゥアン1世がノルマン人たちの襲撃を防ぐための城壁をつくり、それを以前からこの地を指して呼んでいた「Bryghia」と言う名前で継承して呼んでいたのが、ブルージュの街の始まりのようです。
女攫うだけじゃなくちゃんと仕事してたんだね、ボードゥアン1世。

その後フランスの強い影響下で栄華を極めたブルージュの街は、早くも15世紀頃から斜陽を迎え始め、続く16世紀にはダイヤモンドでこんにちでも有名なアントワープが隆盛を迎えたそう。アントワープは今回の旅では訪れることができなかったので、いつかここも行ってみたいなぁ。

などと蘊蓄を語りつつ…。

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聖母教会の鐘楼がある方の建屋の入口。ここブルージュの聖母教会は非常に規模の大きな教会で、沢山の建屋が付帯している。

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因みに上の方を見上げるとこんな感じ。

さて、この聖母教会の近くにはメムリンク美術館がありまして。このメムリンク美術館は聖ヨハネ施療院の建物の中にあります。また、入り口は別ですが聖ヨハネ施療院の薬局部分の見学もできて、チケットは共通なので捨てないようご留意を。
で、早速このメムリンク美術館に入館したのですが、外観の写真がなーい。

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いきなり入館後のスペース。荷物は入口でロッカーに預けられたかと思います。写真撮影可。
ま、こんな感じで施療院の建物が現在では美術館として利用されているというわけなのですが、基本的に石造りのためとにかく冷える。足元からひたすら冷気が這いあがってくる。昔の人の生活は過酷だなあ、と思いを馳せつつ見学スタートです。

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ちなみに天井はこんな感じ。天井は高いところと低いところがあったね。

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その天井付近に飾られていた絵。斜めなので分かりづらい。これは何の絵かなー。聖ヨハネかキリストか…ごめん分からん!

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施療院の大きな窓。規則正しい模様のステンドグラス。窓の近くはまだいいんだけど、ちょっと奥まった窓のないところに行くと、本当に室内が暗い。ライトはついているけどやっぱり暗いと感じるもん。石造りの堅牢さを感じる。

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調度品の展示。椅子とキャビネットと、一番左側のは何かしら…? 生首…。

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色々な文書もありました。これはこの施療院の見取り図かな。

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何かいてあるか分からないけど古文書の巻物。紙の保存状態がいいですねえ。

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古文書のアップ。アップにしたところで読めないけど。解読できる方は是非内容を教えてください。

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古い時代の本。表紙は革でしょうか。格好いいねえ。

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こういう留め具のついたタイプもある。こりゃまた格好いい。

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中はこんなふうにカラフルな彩色の施されているものも。ピンクと緑と青の花模様。

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アップも頑張って撮ったが、なにぶん暗いのでピントを合わせるのも大変だし、何とか合っても却って色味が分かりづらい。どういうことが書いてあるのかなあ。この時代は1冊1冊写本だろうから、本というのは本当に高価なものだったのだろうなあ。私の給料では全然買えないだろうなあ。今のように庶民でも気軽に本が買える(気軽に買えないお値段のものもあるにせよ)時代で有り難い限りですが、その分贅を尽くした豪華絢爛な写本の作り方なんかは、なかなか継承するのが大変そうだとも思います。教会とかで継承されているのかな。

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櫃。鉄製かと。重たそう。ただ、こういう教会に置いてあるということは、もしかしたら聖遺物とか、所縁のある方の遺骨を納める箱の可能性もあるかも?
でも、それだったら展示方法がもうちょっと違うかな。

と、こんな感じでしばらくメムリンク美術館を見学します。
メムリンクは15世紀前半にブルージュで活躍した画家で、この聖ヨハネ施療院のために複数の宗教画を制作するなど縁が深いそうです。
聖ヨハネ施療院の建物は12世紀に建築が始まり、アウグスティノ会系統の修道士・修道女たちによって病や怪我の治療、それから礼拝を行うなどの宗教面のケアが行われてきたとのこと。実際に、19世紀半ばまで使われてきたそうです。

修道院、施療院らしく、果樹園や菜園、アルコールの醸造場など複数の施設を兼ね揃えていて、ここで一つの完結した小さな世界としても成り立つような暮らしをしていたようです。といっても別に鎖国していたというわけではないけど。

色々な人々がここに入院して、魂と肉体の安息を得ていたということで、中世のそういった生活をもっともっと知りたくなりました。
関係ないですけど青池保子先生の修道士ファルコという漫画は面白いです。これは舞台はドイツで、主人公ファルコはシトー会系の修道士ですが。ファルコの修道院の近くにある聖アンナ尼僧院の屈強な尼僧たちが北斗の拳の世界でも雑魚どもを蹴散らしていけるようなつくづく屈強な尼僧たちで、思い出しただけで笑える。


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posted by 綾瀬 at 22:02| Comment(0) | 16年12月ベルギー