2017年10月03日

ベルギー旅3日目(17) ゲントを夜のお散歩

前回、真っ暗なゲントに降り立ち、何とかホテルにチェックインしたところまで書きました(タクシー使っただけだけど)。

真っ暗なんだけどね、時間はまだ18時とか19時とかそんななんですよ。宵っ張りの私にとっては朝のような時間です。なのでお散歩へ行くことにしました! ついでにご飯をゲットしたい! さっきブリュッセルでムール貝食べたよねとか言ってはいけない。食べたいものは食べたいのだ!

えー、ゲント駅に着いた頃降っていた雨はこの頃止んでいました。なので絶好の(?)お散歩タイム。夜遊びといってもお散歩するだけなのだから健全なもんです。夜遊びといえばいつかタイのゴーゴーバーに行ってみたいんですが…。まあ…いつかタイに行ったら……。

夜のお散歩をする前にちょっとだけゲントの街の復習を。
ゲントは中世に隆盛を誇った商業の街です。同じく中世以降ベルギーで栄えたブルージュとはライバルとも言える関係のようですが、現在はブリュッセル、アントワープに次ぐベルギー第3の都市だそう。
現在の言語は主なオランダ語(ブリュッセルはフランス語)。

9世紀以降、フランドル伯を君主として戴いていました。フランドルというのは勿論元々フランス、というかフランク王国の領土で、相続やら何やらで分割されたり併合されたり、まさに欧州情勢は複雑怪奇なりぃって感じで世界史に明るくない私にはちょっと難しい。

最後のフランドル伯(女伯)はシャルル突進公(イケイケゴーゴーのおっさん)の令嬢のマリー・ド・ブルゴーニュだと思っていたら全然違ってて、マリー・ド・ブルゴーニュは確かにフランドル女伯でもあるんだけど、それよりブルゴーニュ公国の最後の君主(女公)としての方が有名でした。ブルゴーニュ公国が実質、彼女の死の前後に崩壊したのは事実であるにせよ、フランドル伯、ブルゴーニュ公、共に称号自体はその後も残り続けたみたいだし、勿論領土をめぐっての争いもあった模様。マリー・ド・ブルゴーニュのご主人は神聖ローマ帝国皇帝のマクシミリアン1世で、っていっても当時はウィーンはド田舎で、お金持ち度合いや文化的洗練度合いではブルゴーニュの方が断然上だから、マクシミリアン1世は入り婿っぽい感じ。妻の権威を自分の地位や領土の保全にも上手く活用できたみたいですね。悪い意味でなくて。カッペのマクシミリアン1世はオシャンティなフランドルに馴染むために相当な努力をしたそうです。有能。

そんなこんなで、マリー女公とマクシミリアン1世は仲睦まじい夫婦だったそうですが、マリー女公は早世してしまいました。マリー女公が生きていた内は共同統治者として彼女の領国を一緒に統治していたマクシミリアン1世だったものの、妻の死後は「自分たちはブルゴーニュ公の臣下であってマリー女公の旦那に過ぎないカッペのマクシミリアンの臣下ではない」という理由で反乱を起こされてしまい(勿論そんだけではないと思うけど。シャルル突進公の娘のマリー女公が亡くなったため、悪家老的ポジの奴が自分にもワンチャンあるとか思ったんじゃなかろうか)、妻の遺領を自分自身で治めることはほぼ断念しなければならなかったよう。マリー女公がご存命の際にはマクシミリアン1世はかなり友好的に迎え入れられていたそうですから世知辛いもんです。かわいそう。

んじゃーマリー女公の遺領はどうなったかというと、息子のフィリップ美公に受け継がれ(フィリップ美公はマリー女公の子供だからセーフ理論)、このフィリップ美公の子供がカール5世(スペイン王としてはカルロス1世)だから、その系譜でフランドルやブルゴーニュはスペイン・ハプスブルク家に代々継承されていったのでした。元々フランスの領土だけに(マリー女公からしてヴァロワ朝の系譜の姫君)こいつは紛争の種にしかなりませんね。フランス・スペイン間で戦争が起こりまくるのも納得です。私は正直、フランドルとかブルゴーニュって言ったらフランスの印象の方が強いしね。いや西洋史明るくないから勝手なイメージだけどね。何ならブルゴーニュとブルターニュの区別ついてないからね。

ってかこの息子のフィリップ美公ってあの狂女フアナの狂気のきっかけになった旦那のバカ公であります。
バカ公のことはこの記事でちょっと触れました。
何故有能な父母からこんなアホボンが生まれたのか……。自分のとーちゃんが女公の夫に過ぎないつって排斥されたのに何故カスティーリヤ女王の旦那に過ぎない自分がカスティーリヤ王になれると思ったのか……。

ちょっと話がずれましたが、とにもかくにもフランドル伯という称号は18世紀まで残り、非常に由緒正しく権威ある爵位として有名なようです。中世フランス(及びその周辺)を舞台にした小説なんかを読んでると、フランドル伯という名前はよく出てくる気がします。

そのフランドル伯という爵位はフランス革命のあおりを受けて一旦消滅したものの、19世紀にまた一度復活し、ベルギー王室の方の儀礼称号として用いられていたそうです。なんと! といっても20世紀にまた廃止されたようで、現在ではフランドル伯の称号を持つ方はいらっしゃいません。とはいえそんな最近まであの「フランドル伯」の称号は実際に使われていたのですねえ。そう思うとすごいな。中世は本当に現代に繋がっていたのだなあ。などと思います。

で、そんなフランドル伯の居城は現在もゲントの地に残されています。勿論、後日実際に訪問しちゃいました。その記事はいずれ出てくると思います。

で、で、そんな各国の思惑の入り混じるゲントは中世以降、毛織物を中心とした交易が非常に盛んで、当然、有力な商人たちが台頭し、ギルドを結成し、それぞれが作った素敵なギルドハウスが現代にも沢山残されているという、中世の面影を色濃く残した古都であります。交易は張り巡らされた運河によってなされ、その運河沿いに並び立つギルドハウスが本当に素敵で、いかに中世、この街がお金と力を持つ栄えた都市だったかが偲ばれます。

今もベルギー第3の大都市なので、決して衰退したわけではなく、近代的な産業都市への転換も上手くいったのでしょう。後日、トラムを乗り間違えてに乗ってちょっと観光の中心地を離れた場所を彷徨った訪れたのですが、普通のオフィスビルぽい建物がシステマチックに立ち並んでいて、高層ビルはないんだけど、ごく普通のビジネス街みたいな雰囲気も大いにあったのでした。

さて。
そろそろ夜のお散歩に……。

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ちなみに夜のゲントの街並みはこんな感じ。うひょー素敵!
石畳に石造りの建物。武骨な電柱やら電線やらはなく(まあトラムの架線はあるんだけど)、眩しくなりすぎない程度に施されたライトアップ。
楽しくなってどんどん歩きます。ホテルの近くは中心部からはほんのちょっと離れているので、私の他には殆ど誰もいません。

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石畳の足元からしんしんと冷気が這いあがってきて、足の指がかなり冷え冷えとしてしまいます。頬に触れる外気はぴりぴり張り詰めたように鋭く、ダウンコートを着ていても何だか周囲から圧迫されるような寒さを感じました。

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でもお散歩は続ける。
この写真の黄色っぽく照らされた建物は何でしょうね。1階は飲食店っぽいかな。小塔が素敵だ!

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この写真お気に入り。
建物がいちいち素敵なんだなー! この建物はなんとスーパーマーケット。

人が全然いないおかげで夜のゲントの街を独り占めです。
控えめなイルミネーションが、雨が降って濡れた石畳にぼんやり映り込んで、すごく暗いんだけどあちこち白く光っていて、本当に雰囲気満点でした! 素敵な魔法でも起こりそうな夜だったよ〜〜〜何も起こらなかったけどね!

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って、人いた・笑
この写真を撮りまくっていたのはホテルの近くの「金曜広場」です。中世の頃にはこの辺りの人々の集会場として使われていた場所なのでしょう。結構広いです。

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これは翌朝撮影した、同じ「金曜広場」の写真です。まだちょっと暗い。といってもそんな早い時間帯ではないのですが。
映っている像は中世の毛織物商人のリーダーだったヤーコブ・ファン・アルテフェルデさんという方だそうです。すごい大金持ちだったんだろうな…。
ハッ、つい下衆な想像をしてしまいました。
商人の像が現代に残るとは、さすが、商業で名を馳せた町ですね。

長くなったので、今回の記事はこの辺で。


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posted by 綾瀬 at 22:15| Comment(0) | 16年12月ベルギー

2017年10月08日

ベルギー旅3日目(18) 元日のお夕飯と、とっても衝撃的だったこと

前回の記事で4日目早朝の写真を貼っちゃいましたが、少し遡って3日目、2017年元旦のお夕飯のことを書きます。夜のお散歩の〆として、私はご飯を調達することにしました。

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マック!!!!!!!!!!

海外のマック、行ってみたかったんですよね〜(*´ω`*)
Juicy Janeという名前の期間限定(多分)のハンバーガーです。写真が汚くて、っていうかてきとーに引きちぎったストローの紙袋とかが汚くてすみません。この写真しかなかった。

しかし元旦からマック。でも、お店が開いてただけラッキーです。正直に言って、大晦日や元旦はご飯どうしようかと思ってたんです。西欧は年末年始はお店があまり開いていないという話なので食いっぱぐれるんじゃないか、大晦日に営業しているお店があっても超お高いガラディナーとかしかないんじゃ、と懸念して、まあ念のためカップ蕎麦持ってきましたよね。年越し蕎麦…。

結論から言うと、確かにお店はあんまり開いてない! 日中、加えてブリュッセルならまあ何かしら飲食店が開いているので食いっぱぐれもなさそうでしたが、こちらの古都ゲント、しかも夜となると本当にお店開いてなかったです。結構ぐるぐる歩き回っちゃいました。
でも、マックは開いてた。さすがマック!
ということで困った時のマック。

レジ前はそれなりに並んでましたね。しかしお持ち帰りの方が多いみたいで、イートインスペースは6割くらいの埋まり具合。
私も本当はホテルで食べようと思って「とぅーごーぷりーず」って言ったんですが、「Menu?(※食べることには情熱を燃やすわたくしが知っている数少ないフランス語のひとつで、コース料理、定食、といった意味)」って聞かれて、「(う、うん。セットで頼みたいからそれはそうなんだけど)い、いえす」と言ったらいーとひあーのご準備をされてしまいました。
いや、まあ、どっちでもいいんだけど・笑

持ち帰り用にセットし直してもらうのもめんどくさく、そもそもそれを伝える英語力に難があったので、トレイの上に準備されたJuicy Janeセットを持って2階のイートインスペースへ上がりました。
因みに元旦からマックのイートインスペースで盛り上がっているのはマイルドヤンキーみのある若い男子たちと、マイルドヤンキーまではいかないものの多少その気配をうかがわせる家族連れなどで、ひとりで飯食ってるのはわたくしのみでした。
いや、まあ、いいんだけど…。
ベルギーにもマイルドヤンキーいるんだな…。

でね、このJuicy Jane、すっごく美味しかったの(*´ω`*)
私はあまりマック好きでなくて、というとちょっと違うかな、ハンバーガーにあまり情熱がなく、そうは言っても海外のマックは日本とは色々違うと聞いていたので興味はあって、それで行ってみたんだけど、行ってよかった。お値段も日本のマックより断然お高いけど、お高いだけある。
カリカリベーコンに薄く削ったチーズ(チーズの種類よく分からないんですがパルミジャーノかロマーノ?かな)、葉物野菜も盛りだくさん! で、やや久々に生野菜をたくさん摂取できました。
バンズも外はぱりぱり中はまあまあさくさく、って感じでベタベタしてなくて、パティだけが主張しすぎるってこともなく、ベーコンとチーズと野菜とバンズとパティのバランスが丁度よくって、そんでもって脂っこくなくて、かつなかなかお腹も膨れる。
なんでこれ日本で売らないんだー!! って思ったくらい美味しかったです。あ、もし売ってたらすみません。

そんな感じで元旦の夕飯を満喫している最中は、近くをサイレン鳴らしたパトカーがワンワン行き来するとか(でもパトカーが通った理由は不明)、店内に突然警報が鳴り響き、辺りが騒然となったものの店員さんも誰も様子を見に来ないからそのうち皆食事続行し始めるとか(最後までそわそわしてたのは私だけ)、そういうささやかな出来事があった他は特に何も事件はなく、平和に2017年最初のディナーは終わっていったのでした。

その後はホテル帰ってお風呂入って寝ました。
楽しいお散歩でありました。

そーそー、ところで。
この街で、改めて思ったんだけど、ベルギー人って背高いな!
マックのレジで並んでた時も完全に埋もれてましたもんね。自分が小人になったような気分。レジの人にちゃんと見つけてもらえるか心配するレベルでしたが、別に順番を抜かされたりすることもなく普通に対応してもらえました。
でもさー前も後ろも左右もみんな背高くて、2メートル近くある人ばっかなんじゃないかと(心象風景であり、きっと実際はそんなことはない・笑)。圧迫感がすごかった。

そんでもって衝撃的なことにね。
ホテルのトイレに腰掛けると、足が床に付かなかったんですよ。。。

世界一平均身長の高い国は一説にはオランダだということを聞いたことがありますが、ベルギーはオランダとは国境を接し(というか元々同じ国だし)、ゲントはオランダ語圏でもあるし、多分この街の人々の平均身長は高い方なんだと思います。思います、が、便座に腰掛けて足が床に付かないのはなかなか驚愕の体験でしたよ。。。


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posted by 綾瀬 at 00:57| Comment(0) | 16年12月ベルギー

2017年10月13日

ベルギー旅4日目(1) 朝のお散歩〜金曜広場から鐘楼に向かって〜

ベルギー4日目の朝が明けました!
って言っても多分10時頃! 寝坊大好き! まあ私にしては早めに活動を始めました。朝のお散歩です。

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この写真は前の前の記事でも貼ったけど。金曜広場とヤーコブ・ファン・アルテフェルデ氏。

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氏のアップ。リーダーシップ溢れる雄姿。

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前夜見て回った風景も、朝日が昇った時間に見るとまた違った印象。

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スーパーマーケットですよ。夜は気付かなかったけど道沿いにチャリンコ置き場があるのがなんか面白い。だってこんなお洒落で中世風の外観の建物なのに、チャリ置き場。いやスーパーマーケットだからそれくらいないと困るけど。
古い物がこうしてごくごく普通の日常生活の中で今も当たり前に使われているというのは、悪い意味でなく、どことなく不思議な感じがいたします。なんでかって言うと、どうも私の中で、古い物っていうのは現在に地続きじゃなくて、空想の世界にあるような、現実にはない何かのような感じがするからです。
説明するのちょっと難しいなあ。でも、特に西洋の物はゲームやジュブナイル小説の影響か(?)、よりファンタジックな空想の世界に繋がってしまいます。
いやー同じ日本でも、平安末期から鎌倉時代くらいまでのマジ〇チ武士集団とか、現代日本人と地続きの日本人って感じ全然しないけど……。

それはさておき、以下、金曜広場周辺の写真たち。

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ところで、この日も大変冷えていました。

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そんで撮ってみた足元の写真。敷石の表面や隙間に氷が! とゆーわけで滑る滑る。気を付けて歩かないとズルっといってしまいます。

そんな中、疾走するチャリンコを見かけること複数回。
足元が凍って大変滑りやすい中、しかもガタガタの石畳を、よくもまあコケることなくそのスピードで走れるものだなと感心することしきりでした。私だったら一瞬でコケる。

自転車は、多かったです。ベルギーは。ブリュッセルはもしかしたらそうでもないかな? ゲントは多かったです。そういえば、昔イタリアに行った時は街中をセグウェイが疾走していましたが(普通に通勤の足として使われていた模様)、ベルギーではセグウェイは見かけなかった気がします。1回くらい見たかな? どうだっただろう。
ヨーロッパの古い町は車の入れない場所も多いので、セグウェイが有効活用されるのは分かる。

そんな感じでズルズル滑りながらしばし街歩きです。

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ゲントの街のシンボルでもある鐘楼を向こう側に臨みながら緩やかな上り坂〜疾走するチャリを添えて〜。

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銀食器のお店がありました。
銀食器!? 素敵!! と思い、脊椎反射で撮る。
他にも古美術や布や雑貨など、道沿いにお洒落なお店がいっぱいあって楽しい街歩きでした。まあ、お店自体は閉まってるんだけどさ…。

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こういうふうに、隙間なくびしーーーっとどこまでも建物が連なってる姿、大好きです。浪漫を感じる。
日本だとこういうのはあまりないですよね。消防法や建築基準法や、建蔽率とかの兼ね合いがあると思うので。
なのでヨーロッパに行ってこういう建築物を見るとニマニマしてしまう。

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お洒落な窓辺も撮ってみる。
何の建物でしょうか。何かのオフィスかな?

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左右対称になるようにしてそれぞれに形を違えた可愛い破風。
こういったギザギザの破風はベルギーの建築物の特徴の一つだと思います。ギルドハウスの建築様式の流れかなあ。分かりませんが。調べず勝手に言ってます。


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posted by 綾瀬 at 21:07| Comment(0) | 16年12月ベルギー

2017年10月20日

ベルギー旅4日目(2) 朝のお散歩〜鐘楼周辺をうろうろ〜

ぱりぱり音がしそうなくらい、冷気が張り詰めています。日も登ってるっていうのにねえ。青い空が眩しい。

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そんな青い空をバックに、鐘楼。
左下側に付随している建物は繊維ホールです。

この鐘楼と繊維ホールは、「ベルギーとフランスの鐘楼群」という名前で登録されている世界遺産です。鐘楼群、というその名の通り、ゲントの鐘楼ひとつが世界遺産なのでなく、この地域の56にものぼる鐘楼たちがまとめられて登録されているとのこと。
ゲントの鐘楼以外の代表的な鐘楼というと、ブルージュの鐘楼とマルクトホール、アントワープのノートルダム大聖堂とかが有名です。

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鐘楼の時計部分のアップ。うっ、写真が曲がってる……。
鐘楼と繊維ホールはゲントのシンボルだ、と後に乗った運河クルーズのガイドさんが何度も強調されてました。

鐘楼は内部見学もできますが、それはひとまず後にして、まだ周辺をしばしお散歩します。

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こちらは市庁舎! フランボワイアン・ゴシック様式のこれでもかと迫りくる装飾外壁。でも、左奥の方はもう少しシンプルな外壁ですよね。同じ建物なんだけど。こちらはフラマン・バロック様式というそうです。
建築開始から完了まで数百年かかったそうで(ヨーロッパあるあるですね…)、そのため建築様式が混在しているらしい。

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市庁舎の階段周りの作り。
ゴミ箱完備。いいことだ。
左下のはクリスマスマーケットの屋台ですね。そう、この鐘楼の周辺や、コーレンマルクト(広場)の辺りは、クリスマスマーケット開催中だったのです。この写真は朝だから閉まってるけど、お昼くらいからぼちぼち営業開始って感じ。お店が開くとかなり賑やかでした。
年明けでもクリスマスマーケットをやっている、というのが今回旅先をベルギーに決めた理由の一つだったので、特に買い物もしないのにやたらとクリスマスマーケット会場をうろうろしてしまいました。

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フラマン・バロック様式の面をアオリで。立ち並ぶ太い黒の列柱、その列柱の上部に光る金色の継ぎ目、お洒落でシックで、強権的な威圧感も感じられて、ほんと素敵。

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薔薇窓のアップはこんな感じ。遠目だと分かりにくいけどステンドグラスで、アルファベットが刻まれていますね。このアルファベットは何を意味するものなのかな?

市庁舎は、ガイドツアーで内部見学もできたみたいだけどスケジュールが合わなくて断念。内部も色々な様式のお部屋があるそうで、見たかったなあ。

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そんでまた鐘楼と繊維ホールの辺りに戻ってきた。無計画にうろうろ…。
何だろう、私はお散歩するならするで、この地域をこうお散歩する、みたいな計画を立てる方なので、気が向くまま同じ場所をうろうろ、みたいなのは珍しいかも。どうも、それだけこの辺りが気に入ったようです。

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繊維ホールの煙突から、煙が立ち昇っていたのよねえ。何の煙なのかな? 煙と言えばその昔仁徳天皇が、夕飯時になっても民草たちの家々から炊飯の煙が上がっていないのを見て徴税を3年間免除したというエピソードを思い出します。史実か伝説かはどうでしょうね?
だから何だってわけじゃないんだけど、この時繊維ホールから上がっていた煙は何の煙だったのかしらと思いまして。

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繊維ホールの通用門のようなところ。
相変わらず破風が可愛い。そして破風の下、小さいのと大きいのと、揃いの意匠の窓も可愛い。

ゲントは何だか、すごく気に入った街です。
街並みが、とにかく素敵。ロマンチック。
運河。鐘楼。ゴシック建築。ギルドハウス。どうです? このキーワード。あとご飯も美味しい! ベルギーはどこも美味しかったけどな! あ、ベルギーで一番イケメンたち(複数形)見たのもゲント! あまりの格好良さに一緒に写真撮ってもらえませんかって言いそうになったけど、彼らの2.5倍くらいある我が顔の大きさがつらくって寸前で踏みとどまることができました。日本の恥をさらさないで済んでよかったネ。

えー、ゲントの魅力を全然伝えきれていませんが、少しずつ記事にしていくので、ちょっとでも伝わればいいなーと思います。
別にゲントの回し者じゃないのですが、ゲントに行くかどうか迷ってる人がいれば是非行ってみてほしい(*´ω`*)
運河の両岸に立ち並ぶ、それぞれに美しい立ち姿のギルドハウス、本当に素敵だったのです。

あ、次回の記事もまだぐるぐるお散歩中の記事の予定です。
お前の旅ブログいつベルギー編終わるの? って友人に言われるけど、まだだっ! まだ終わらんぞーーー!!


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posted by 綾瀬 at 12:46| Comment(0) | 16年12月ベルギー

2017年10月25日

ベルギー旅4日目(3) 朝のお散歩〜気狂いフリートちゃん〜

ヨーロッパの古い都市は広場を中心に作られている。と、ひとり旅開始前の情報収集中に、よく見かけました。
んで、実際ベルギーへやって来て、本当にそれを実感しています。広場では市が開かれ、市を示す言葉マルクト(マーケットと一緒)が広場を表す固有名詞になっていたり。
実際、ブリュッセルも、ゲントも、この後訪れるブルージュも、広場を中心として円形に発展してきた様子がよく分かりました。中心に行けば行くほど古いし、栄えてるし、そんでお宿も高い・笑
中心地ほどどこに行くにも何をするにも便利で賑やか、っていうのが体感として分かりやすかったのですよねー。
都市の発展してきた歴史を肌で感じやすいというか。
ちなみに世界で一番最初に都市をつくったのはシュメール人らしいですよ。

なんでそんな話をしたかというと(シュメール人は関係ない)、ゲントのマルクトは「コーレンマルクト」という広場で、前の記事でうろうろしていた鐘楼周辺のちょっと西側辺りにあるんですが、この辺りが本当にゲントの中心地! という感じで、お店も多ければ人も多く、この一帯は何度歩いても楽しい素敵なエリアでした。

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こちらがそのコーレンマルクト近くの通り。トラムの線路が街中に張り巡らされております。

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これもその近く。真ん中に写っているお洒落な屋台?台車?みたいなところでは、ゲント名物、キュベルドンというお菓子を販売しています。
元は薬として食されていたというか、薬の作成過程でできてしまったというか、諸説あるようですが、中にシロップ状の物が入った柔らかいキャンディというかグミ(?)みたいな砂糖菓子だそう。栄養がありそうなので、古い時代には薬だったというのも納得。
実は結局、買いそびれて食べられなかったんだけど…。あああこの時買っておけばよかったな!

そんなこんなできょろきょろしながら街を歩き回ります。
ショルダーバッグを斜め掛けして、首からコンデジをぶら下げて、きょろきょろしながら辺りをうろつきまわるボッチの東洋人。あからさまに観光客ですよね。
にもかかわらず、なぜかこの朝道を訊かれること2回。
(それぞれ別々の方。ムスリム女性と、ヨーロピアン女性。国籍は謎)

何故私に訊く! 教えてあげたいのはやまやまだけど、そもそも知るわけなかろ!!!

見るからに観光客だってば! ついでに英語も通じない観光客だよ!!
同じ観光客でもせめてヨーロッパ人ぽい人に訊けばいいのに…。ていうか、見るからにジモティみたいな人たちもふつーに歩いてるのに…。謎である。

私は日本でもよく外国人に道を聞かれますが…四半期に2、3回くらい…はて。
あ、でもさすがにベルギーで道を訊かれたのはこの朝だけだったよw

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ぷらぷらしながら、遠目にゲント3塔のひとつといわれる聖ニコラス教会をぱしゃり。
格好いい造りの外観だなあ! 直線的で角が立って、でも全体ではまるまるふっくら円を描いて、塔の柱の隙間に向こう側の空が見えるのも素敵。


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そのままぷらぷら歩いて、運河沿いの方へやって来ました。この写真を撮った辺りはメインストリート! って感じのところからは一本奥に入っているのでやや静かだし、華やかさもあんまりないです。が、ここにド派手なやつがいるのですよ。

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こいつ。赤くて可愛いね。

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やや引きで。

こやつは気狂いフリートという、あんまりといえばあんまりな名前を付けられちゃっている大砲です。どうも、中近世のヨーロッパでは、大砲に女性の名前をつけるのはごく普通のことだったようですね。そうだったんかい。なんかすごいぞ。
フリートと言われてすぐ思い出す、ブリューゲルの「悪女フリート」とは何か関係があるのかな? と思って調べたら、「Dulle Griet」=「悪女フリート」=「気狂いフリート」で、同じ意味みたい。それで悪女フリートっていうのは特定の誰かのことじゃなくて、そもそもそういう概念のことを指してる(ように私は解釈した)。
がみがみ煩い女、荒々しく激高した女、そういう悪女の概念。
た、大砲にはマッチする…?かな…?
フリートというのは女性の名前だけど、元はギリシャ神話に出てくる復讐の女神のことらしい。

赤くて可愛いのに。いや、それにしてもこんなに真っ赤なのはどうなんだ。
ブリューゲルの「悪女フリート」は、一面真っ赤に燃え上がる戦場のような場所を舞台にして描かれた絵だけど、ちょっとそのイメージに通じるかも?
でも、「悪女フリート」よりはやっぱり可愛らしいけどね。気狂いフリートちゃん。

最初は、大砲に「気狂い」なんて名付けられてるもんだから、この大砲の操作手が次から次に狂って味方を殺しまくったとか、そんなエピソードでもあるのかと思っちゃったよ。この手のちょっとオカルトっぽい伝説とか大好物(*´ω`*)
気狂いフリートちゃんにはそんな伝承はないみたいだけど。

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気狂いフリートちゃんと運河。

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フリートちゃんのいる運河の対岸。
前述の通りちょっと奥まった場所だから、人もあまり通らず静かな小路で、そんなところに気狂いフリートちゃんはいるのでした。
てか、こんなところまで敵は攻めてくるのかな? 攻めてくるから、あるんだよね。
そのわりには、フリートちゃん1台で大丈夫なのかな? フリートちゃんはレイエ川(という、ゲントの中央部を流れる有名な川)の東側だから、西側から敵が攻めてきた時、水際で食い止める役目なのかな。

中近世の市街地戦が気になりますなあ。


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posted by 綾瀬 at 21:16| Comment(0) | 16年12月ベルギー

2017年10月31日

ベルギー旅4日目(4) 朝のお散歩〜あれっコンデジが…からの聖バーフ大聖堂〜

気狂いフリートちゃんとの記念撮影も終え、そろそろ次の目的地へ向おうかとしていた頃、事件は起こりました。

コンデジちゃんがエネルギー切れとなり、休眠状態へ…。

やっちまったー!! 充電するの忘れてた!
何故か、電池がまだまだ持つと思い込んでいた間抜けな私。連日フルで使っていたくせに、もう2日くらい全く充電していません。
慌ててホテルへ戻り、充電器を差し込みまして(フリートちゃんからホテルはそんなに遠くない)。
とりあえず写真はiPhoneで凌ぐこととしました。というわけでしばらくはiPhone産の写真でお送りいたします。ううっ…。

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なんだろう…指かな…。私の指が入ってるね…。
うぅっ、こちらが次なる目的地、聖バーフ大聖堂です。修復中&おこちゃま向けクリスマスイベント開催中で、下半分が養生されています。

聖バーフ大聖堂は、12世紀から16世紀と、やはり世紀を跨いで建造された大聖堂で、素晴らしい絵画や彫刻が収蔵されていることで有名です。中でも、ファン・アイク兄弟の「神秘の仔羊」は超が100個くらいつくような有名な絵で、ゲントの至宝とさえ称えられる絵画。ぜーったい見たい!&あわよくば羊グッズでも買いたい、などと思っていたのでした。

その聖バーフ大聖堂は、元々は聖ヨハネ教会という教区教会だったそうで、今も地下室は聖ヨハネに捧げられているのだそうです。
聖ヨハネ教会が何故こんにちでは聖バーフ大聖堂と呼ばれるようになったかというと、そのきっかけはゲント生まれの神聖ローマ皇帝&スペイン国王、カール5世(スペイン王としてはカルロス1世)。マリー・ド・ブルゴーニュとマクシミリアン1世の息子のバカ公フィリップ美公とカスティーリヤ女王フアナとの長子ですね。

このカール5世は太陽の沈まぬ王国の礎を築き上げた辣腕王様だそうですが(アジア人としては、スペインは侵略者なのでビミョーだが)、ともなると戦争戦争の人生で、最後は疲れて生前退位(退位式はブリュッセルで行った由)し、ローマ皇帝位を弟のフェルディナンド1世へ、スペイン王位を息子のフェリペ2世へ譲って隠遁。これにてハプスブルク家は、オーストリア・ハプスブルク家とスペイン・ハプスブルク家の両統に別れることになりました、と。

ちなみにスペイン王家は優れた王とアホボン王の差が激しいことで有名(らしい)んですが、まあスペイン国王と言って有能イメージがあるのはカール5世とフェリペ2世くらいですよね…とか失礼なことを言いましたが。カール5世のお父さんはアホ公だし、フェリペ2世の息子のフェリペ3世はお父さんから常々行く末を心配され、世間からは「怠惰王」とか呼ばれる始末…。支倉常長率いる慶長遣欧使節団が謁見したのは「怠惰王」です。

スペインの、というか元々はカール5世の、なのかもしれませんが、とにかくカトリックに対しての情熱はヒステリックというか狂信的というか、カトリックによって統一された世界を作りたいのはそれはそうなんでしょうけど、その目的のためにやることが却って自国の衰退に繋がることばかりなのが何だかすごいというか、身につまされるというか。
フェリペ3世の時代に行われたモリスコ追放(どーでもいいけどモスリコと間違って覚えており、正直いつもどっちがどっちだか分からなくなる)っていう出来事があるんですが、これは当時スペインに暮らしていたモリスコ(イスラム教からカトリックへの改宗者、だけど実際はひそかにイスラム教を信仰し続ける人も多かったよう)たちを強制的にスペイン国外に追放するという施策で、このモリスコたちの多くは農業従事者だったため、彼らが強制追放された後は農業が成り立たずにスペイン全土が深刻な食糧不足に陥ってしまうとかいう、ギャグか? と言いたくなるような事態が引き起こされています。
目先の感情で突っ走ってはいけないなーと、教訓にしたい。いや、我が身の人生と一国、引いては世界の行く末なんぞあまりに大小差がありすぎて、卑近な教訓に落とし込むのも実感湧かないが。

何の話だっけ? スペインの王様の悪口…じゃなくって、えーと、聖ヨセフ教会が聖バーフ大聖堂に変わったきっかけね。

そうそうそんでカール5世なんですが、相次ぐ戦争内乱また戦争で、とにかくお金がない!(後継者のフェリペ2世は登位することでお父さんの作った借金も引き継いだそう。王様と言っても金策は大変なのですねえ)
お金がなけりゃーどうするかってえと、庶民から絞り上げるしかないですわね。んで、戦争税を新たに作ったんだか増税したんだかして、それをゲント市民たちに課した。

ゲントの市民たちは大いに抵抗したものの、神聖ローマ皇帝にしてスペイン国王でもある(他にも多くの国の君主ですらある)カール5世には敵わず、遂にはゲントが中世から保持してきた自治的な特権を剥奪され、議会による謝罪を強いられ、反抗者たちが辱められるという事態にまで発展。。。この時、反抗者たちは首に絞首刑用の縄をかけられたことから、ゲント市民たちは「縄持ち」と呼ばれるようになったとか。ひええ。
長らく商業都市として権勢を誇ったゲントにはスペイン兵が駐留し、城壁は破壊され、そりゃもーえらいことだったようです。戦争状態ですよね、そこまでされちゃうと。

そんでカール5世は、ゲントに城砦を作ることにしたそう。
この時、実はゲントには既に「聖バーフ修道院」という宗教施設があったそうですが、カール5世はここに目を付けて、ここを壊して城砦にしよう! と決めたとか。 
思い留まるようお願いしてもどーしてもダメで、結局当時の「聖バーフ修道院」は破壊され、後には城砦が作られてしまったそうなのですが、この時修道士たちの属する聖堂参事会を聖ヨハネ教会へ移すことだけは許可されたそうで、こうして「聖ヨハネ教会」は「聖バーフ修道院」へと名前が変わったそう。そんでもってこの「聖バーフ修道院」はフェリペ2世の時代の司教管区改編でゲントの司教教会となり、大聖堂へクラスチェンジし、今に至ると。

てかこの記事長いな!
この後「神秘の仔羊」のことを書こうと思ったんだけど、また長くなりそうだからとりあえず聖バーフ大聖堂の入口が分からずにぐるっと周囲を一周しながら撮った写真を少し載せます(*´ω`*)

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また指が写ってるね??? 気にしないでね。
側面の方に回って。大きいテラスが素敵だなあ〜。

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更に入口を探して。段々裏口の方というか、人の少ない方へやって来てしまいました。そこにあった可愛いドア!
ドアにめぐらされた黒い鉄の補強具が超可愛い!

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もう一丁、ドア。別のドアですが、こちらもなんて可愛らしい形。左側に見切れている鉄格子のはまった窓も雰囲気があって可愛いねえ可愛いねえ。古びて若干苔むした石の壁面も雰囲気満点。中世の人々もこんなドアを屈んでくぐったのかなあなどと妄想が広がります。

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で、その開いているドアの近くの外観を。ほんと、裏口って感じで、クリスマスマーケットをやっている正面っぽい方とはかなり雰囲気が違いますが、黒く濡れ光る外壁も、立ち並ぶ大きく取られた窓たちも、いやあ素敵です。ゴシックのほの暗さを感じる。ルネサンスの突き抜けるような明るさはまだ先の時代!

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前の写真とほぼ同じ場所なんですけども。
一番下の、向かって右から二番目の窓から小さな明かりがぼやっと窺えるのが気に入って、つい撮ってしまいました。
窓の向こうに見える明かりが好き。しかし一歩間違えば覗き魔となるので容量用途には要注意って感じです。

この辺りで、殆ど聖バーフ大聖堂のぐるり(デカい)を一周しています。やばい。何故入口が見つからないのか。若干焦り始めたところ、ようやく入口が見つかって、っていうか一周し始めた開始地点のすぐ隣で、つまりは反対方向にぐるっと回っていればすぐに辿り着けたものを、気付かず遠回りしていたのでした。

アホですが、可愛いドアや窓が見られたので問題ありません。


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posted by 綾瀬 at 20:57| Comment(0) | 16年12月ベルギー